過去(または現在)、双極性障害だったとされる有名人をまとめました。ご参考にしてください。
中島らも(小説家)
広告代理店社員のコピーライターとしてキャリアをスタートさせ、劇団・笑殺軍団リリパットアーミーを主宰し、俳優としても活動したほか、自主的団体「全国まずいもの連盟」会長を自称した。
らもは「躁鬱病は父親から、アル中は伯父から受け継いだ」と語っている。父親も躁鬱病を患っていたといい、それに起因すると思われる奇行を度々繰り返していた。
一時期、処方されていた薬の副作用のため目のかすみがひどくなり、自分で文字を書き、原稿を読み返すことに支障をきたすようになったため、夫人の手を借り、口述筆記で執筆をおこなった(のちに、らもの処方箋を見た歯科医の実兄が副作用が激し過ぎると教え、減薬を行い、本が読めるまで回復)。
また、持病の躁鬱病に加え、ナルコレプシーを発症。これらの症状のため、時間概念の喪失、運動障害、躁状態がもたらす万能感からくる支離滅裂の言動がたびたび見られた。減薬と入院治療により、ある程度の回復を繰り返すも、飲酒は続けていた。
自著「心が雨漏りする日には」の中で、自身の双極性障害に関する闘病エピソードを語っている。
北杜夫(小説家)
壮年期より躁うつ病(双極I型障害)を発症した。自らの病状をエッセイなどでユーモラスに記し、世間の躁うつ病に対するマイナスイメージを和らげるのに一役買うこととなった。
1976年には躁状態で「チャップリンのような大喜劇映画を作りたい」と夢想し、映画の製作資金を作るために株に入れ上げて巨額の損失を蒙り、穴埋めのために東京都世田谷区の自宅を抵当に入れて新潮社や銀行の他、佐藤愛子個人からも1000万円を借金し、自己破産と準禁治産宣告に追い込まれた。「3億円も使って、全然儲からなかった人なんていませんよ」と担当編集者にあきれられた。
この頃山口瞳に電話をしてサントリーのCMへの出演を斡旋してもらおうとしたが断られた。吉行淳之介に800万円の借金を申し込んだこともある。当時の負債は1億円以上、1976年11月の税金の滞納額は1000万円以上に上った。
この経験が戯曲風小説『悪魔のくる家』の執筆のヒントになったとされる。当時、生活費を稼ぐ手段として女性週刊誌で芸能人を相手にたびたび対談を行った。そして、毎朝妻宛の手紙をキッチンに残したという。内容と文はいつも一緒で、「今日からおとなしくなります」であった。
本人もエッセイなどで述べているように、実父である茂吉の激し易い性情を引き継いでいる。そのため、家族は長年にわたり大変な心労と大迷惑を受けた。この時の体験から娘の斎藤由香は作家などと違う「安定している」サラリーマンを目指したと記している。
玉置浩二(ミュージシャン)
2008年から、病気療養のためしばらく活動を休止していた。一般人女性、薬師丸ひろ子、キーボード奏者の安藤さと子との3度の離婚歴を経て、2009年2月25日に女優の石原真理と婚姻届を提出するが、受理されなかった。同年9月に2人の破局を関係者が認める報道が出る。
玉置は同年秋より音楽制作の活動を再開、同2009年12月、「安全地帯」として活動再開を発表。現在の妻はタレント、女優の青田典子。
自身の半生を語った『幸せになるために生まれてきたんだから』という著書の中で、玉置は自らが精神病を患っていると明かした。病名は記していないが、統合失調症か双極性障害であると考えられる。
田宮二郎(俳優)
1977年3月、精神科医・斎藤茂太が診断を下したが、本人は認めようとせず、治療の薬も拒否した。
1977年12月に入ると、躁状態に入った田宮は入れ込んでいたドラマ化への関心が薄れ、いかがわしいビジネスに熱中し始める。田宮の事業熱が収まらないまま、ドラマ『白い巨塔』は1978年3月26日に撮影開始。ロケーション現場の病院を自ら手配するなど、高いテンションで撮影に臨み、6月3日放映の初回は視聴率18.6%と好調にスタートした。
一方で私生活は荒れ、執拗な債権取立ての中で、妻に不動産などの書類の引渡しを求めて激しく言い争うようになっていた。ドラマ撮影現場でも次第に彼の不遜な態度に対して不安が広がり、スタッフがその火消しに躍起になったという。さらには「ウラン(一説には石油だとも言われている)の採掘権を取得した」と主張して突如トンガへと1週間出かけ、あわや撮影中止になりかけることもあった。
また、撮影開始の辺りから田宮企画に会社ゴロから頻繁に金品要求があり、「金を払わないと山本陽子との不倫関係をマスコミに漏らす」「新ドラマの宣伝をしてやる」という脅迫電話がかかるようになり、6月には田宮から相談を受けていた警視庁が捜査に乗り出す展開にまで発展した(捜査の結果、立件には至らなかった)。
第18話まで撮影したところで撮影は1カ月の休暇に入り、田宮は7月29日にロンドンへ旅行に出発。戻って来ないのではないかという周囲の心配をよそに9月8日に帰国したが、その時に田宮は鬱状態に入っていた。
9月17日から後半の収録が始まったが、テンションが高かった旅行前とは一転し、田宮は泣き崩れてばかりでセリフが頭に入らなくなっていた。妻やスタッフが必死に彼を励まし続け、共演者の協力もあって撮影は11月15日に無事終了。
財前五郎の死のシーンに際して、田宮は3日間絶食してすっかり癌患者になりきり、財前の遺書も自らが書き、それを台本に加えさせた。さらに、全身に白布を掛けられストレッチャーに横たわる遺体役をスタッフの代役ではなく自分自身でやると主張してストレッチャーに乗った。収録後には「うまく死ねた」とラストシーンを自賛したという。
この時期の田宮に関しての奇行記事が女性週刊誌などに都市伝説として複数掲載されていた。一つはいわゆるM資金詐欺にだまされ、巨額の借金を負ったことがその後の自殺の一つの要因であるという説。もう一つは、現実と役柄の境界が不明瞭となり、航空機にて急病人が出て乗務員が医師を捜すと、たまたま同乗していた田宮が「医師の財前だが」と名乗り出たというもの。
また、友人に電話で「12チャンネルを買い取った」と発言したり、自宅を訪れた芸能記者に対し、電話機を指差しながら「この電話はCIAと直につながっているのですよ」と述べたという話もある。
息子の柴田光太郎は2009年、『スーパーモーニング』(テレビ朝日)に出演した際に金銭問題を含めた醜聞の内容の大半を否定しているが、2013年(平成25年)に『週刊現代』の企画で行われた山本學・生田悦子・柴田光太郎による鼎談(ていだん)で、『白い巨塔』収録中に田宮が頻繁にM資金取引の電話をしていたことを、財前五郎の妻役で出演していた生田が証言している。
生田によると、田宮は撮影の合間によくフジテレビの食堂で電話をかけていたが、使用していたのは10円玉しか入れられないピンク公衆電話であり、生田は田宮からの要請で通話中は両替に走っては傍で通話用の10円玉を手のひらに載せて立っていたため、通話内容がはっきりと聞こえたという。
これに見かねて田宮にM資金の支払いを諦めるよう説得すると、「できない。来年(1979年)になったらどうにかなるよ。でも、来年はないかな」と死をほのめかす返答をしたため、生田は怖くなってプロデューサーの小林俊一に相談したという。
諏訪哲史(小説家)
2017年『岩塩の女王』出版時のインタビューでは、「十年以上前に双極性障害になってから、自己同一性や文体的な<自分性>が年を経るごとにとらえられなくなってきました」といい、「自分の<身体>・<文体>が長く統一できないのです」と言語的苦悩を吐露している。
絲山秋子(小説家)
1998年に躁鬱病を患い休職、入院。入院中に小説の執筆を始める。2001年退職。
2003年、『イッツ・オンリー・トーク』で第96回文學界新人賞を受賞し小説家デビュー。同作品で第129回芥川賞候補となる。2004年、『袋小路の男』で第30回川端康成文学賞受賞。
「イッツ・オンリー・トーク」は廣木隆一監督によって『やわらかい生活』のタイトルで映画化されている。
坂口恭平(建築家)
躁鬱病であることを公言し「自殺者をゼロにする」という目標を掲げ希死念慮に苦しむ人々との対話「新政府いのっちの電話」(090-8106-4666)を続けている。
マライア・キャリー(シンガーソングライター)
2018年、米誌ピープルとのインタビューで、双極性障害を患っており17年間闘病していたことを告白。2001年に診断されたが、受け入れることができず、最近になって治療と薬物投与を始めたと明かした。
キャサリン・ゼタ=ジョーンズ(女優)
2011年4月、双極性障害の治療の為に精神科で5日間の入院治療を受けたことを告白。「私が入院したことで、同じ病気を持っている人が一人でも病院に行く気持ちになってくれたら、と思います。黙って苦しむ必要はないのです」と『ピープル』誌に語った。
一時は回復も伝えられたが、2013年現在、治療を続けている。
カート・コバーン(ミュージシャン)
アルバム『ネヴァーマインド』の成功後も音楽業界の商業主義やマスメディアの誇張報道などに反発し、社会に求められた偶像としてではなく、ありのままの自分を常に表現するスタンスを保ち続けた姿勢は、「グランジの精神」として後進に強い影響を与えた。
グランジのパイオニアとも言えるが、自身は双極性障害と薬物により苦しむ。
ジャン=クロード・ヴァン・ダム(俳優)
1998年に双極性障害と診断されている。
ジェレミー・ブレット(俳優)
ブレットは双極性障害を患っており、症状は妻ウィルソンの死後に悪化した。
人生の最後の10年間では、完全な躁鬱病となる。医者からリチウム錠を処方されたブレットは、この薬が自分にとって何の助けにもならないとは知りながらも、病気と少しでも上手く付き合うために服用を続けた。
やがて精神的に危機的状態を迎えたブレットは、何度か入退院を繰り返す。『シャーロック・ホームズ』シリーズの完結に向かいながらも、ブレットの健康はますます損なわれ、その影響はブレットの外観にも明らかに現れるようになった。
リチウム塩の副作用によって体重増加と水分貯留が起こり、次第にブレットの動きは緩慢なものとなる。それによって、劇中でのホームズとしての演技も変化した。
ブレットの心臓弁には幼少期にかかったリウマチ熱による後遺症があり、ブレットの心臓は通常の成人男性のおよそ2倍の大きさであった。これらの健康上の問題からホームズを演じることはますます困難となり、撮影セットでは酸素マスクを手放せなくなる。
そのような中でも、ブレットはたった一言「But, darlings, the show must go on(直訳:しかし諸君、ショーは続けねばならない)」とだけ答えたという。
リンダ・ハミルトン(女優)
2005年にCNNのラリー・キング・ライブに出演した際、双極性障害であることを告白した。
スティーヴン・フライ(俳優)
軽度の双極性障害を患っている。
デミ・ロヴァート(女優)
学校でいじめを受けたことから摂食障害を患い、自傷行為を繰り返すようになったためリハビリ施設に入院。2011年1月、リハビリ施設を退院し、新曲のレコーディングをしているという。
2015年5月にはそれまで3年間、飲酒と薬物乱用を一切しなかったことをSNSを通して公表し、完全に克服したことを祝った。また、自身が双極性障害や摂食障害等の精神疾患に罹患したことをきっかけに、精神疾患患者の自助グループ”Be Vocal: Speak Up for Mental Health”を2015年より支援している。
コメント